後期第2回キャプション検討会(前半)

今日は内定式。
そのため、半数の4年生が居ません。
教室がいつもよりガラッと空いていますが、いつも通りゼミは始まります。

まずは、PPF部会が作成している展覧会のポスターに関するお話。
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後藤先生が、床に数十枚の絵画展等のリーフレットをわしわし並べていきます。
どのリーフレットも文字情報がハッキリ大きく、何の催しなのかが
一目でわかるものばかり。
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展覧会のポスターも、見る人にハッキリ情報が伝わるように
水準を上げていきましょう。

さて、本題のキャプション検討へ。
「1次案のキャプションとほぼ水準が変わらない」
「なぜ、社会学が出来ないのか?」
「社会学とは一体なんなのか?」
後藤先生から、次々と痛いところをつかれるような発言が出ます。

「これはちゃんと社会学することが出来ているだろうか?」
キャプションを書き上げていく中で、ずっと頭にあったことなので
後藤先生の言葉はとても響くのです・・・。

では、社会学するとはどういうことなのか?
社会学するとは・・・
⇒?社会の見えないプロセスや構造を可視化させること
⇒?原因と結果を社会事象にあてはめ、捉えること

さらに、私達が取り組んでいる集合的写真観察法を用いて社会学するとは
一体どういうことなのか?

3班が取り組んでいる、上野で撮影された『東京新潟県人会』の作品を
例にみていくと・・・。
「東京新潟県人会」と描かれたのぼりを建て、お揃いのはっぴを纏い
募金活動をしている人々の様子を撮ったこの写真。
注目すべきは、のぼりに「東京」と「新潟」という二つの地名が同等に
並んでいること。
彼らが、「東京在住」と「新潟出身」という二重のアイデンティティを
持っていることが示されているのです。

しかし、これらの因果関係を捉えているだけでは
面白いキャプションは書けません。
また、写真に言及するだけでなく、写真には映し出されていないことも
引き出して語ることが出来なければ、「写真で語る」とは言えないのです。

私達が取り組んでいる、写真で語る「東京」の社会学とは
どういうことなのか?
今日の前半は、そのことを再確認して終了です。

オマケ----<<今日の休み時間の一コマ>>
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↑某アメリカンカジュアルブランドで全身キメた3年高橋君。
ポーズもバッチリ。
ブログのオマケの為に撮影に快く協力してくれた、ナイスな高橋君でした。

文責:松山千冬(2007年4年ゼミ生)
文責:松山千冬(2007年4年ゼミ生)

歩み