1988年 国民的美少女・ゴクミ
後藤久美子をゴクミと呼んだのが誰かははっきりしない。ともかく1988年には彼女は多くのCMに露出した。まだ14歳の頃だ。前年には大河ドラマ「独眼竜政宗」に出演。そのころから≪国民的美少女≫という言葉を頂戴する。大きな黒い瞳。長く黒い髪の毛。オリエンタルな風貌だ。写真家篠山紀信が撮影し、作曲家坂本龍一がプロデューサーを務めた「ゴクミ語録」が角川書店から1987年に出版される。角川春樹がまだ華やかなりし頃、この540円で買える文庫で少女は語る。≪私って短気だよ。タンキ、カチキ、ナマイキと三拍子揃ってる。ケンカしたら泣きながらも相手を負かしちゃうほう。あんまりズケズケ言い過ぎて後悔することもあるけどさ。とにかく負けず嫌いなんだ≫。ハッキリとモノを云うタイプだ。国内では日経平均株価が3万円台を突破、紅白歌合戦では一時間前にレコード大賞を受賞した光ゲンジが唄もそこそこにローラースケートで走り回っていた。少しボーイッシュな性格のゴクミはサバサバし、落ち着いているが、感受性も強い。≪私、早くおばあさんになりたいんだ。私の理想はおばあさん。スーツが似合ってて帽子をかぶった品のいいおばあさんっているじゃない。早く、ああいうふうになりたい。シブいおばあさん。シブババ!≫。賢いゴクミは本能的に見通していた。この国の子供っぽいバカ騒ぎが長続きしないことを!所属事務所のオスカープロモーションは2匹目のドジョウを狙って、「全日本国民的美少女コンテスト」をTV局やレコード会社の後援を得てこれまで11回行って来た。藤谷美紀、米倉涼子、上戸彩などを発掘する。ゴクミは車が趣味で二十歳の誕生日にはフェラーリの150台しか生産されていない外車を手に入れた。その縁でか元F1レーサーの妻子あるフランス人との交際が1995年に発覚、いまでは3人の子供の母として、スイスのジュネーブとフランスのアビニオンを行ったり来たりしている。籍には入らない≪事実婚≫を貫き、34歳になった。確実にここにはひとりの強い女性がいる。それにしても、いったい日本の男性はなにをしているんだろう? 後藤久美子を日本国総理大臣に推挙する国民的な運動を、オスカーさん、お願いしますよ!