11.お江戸日本橋七つ立ち ―首都高の両面性―

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写真1
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写真2
 徳川家康によって1603年に創架された日本橋は、五街道の起点であり、界隈は人々の往来で賑わう経済の中心地となった。400余年の間に19回も架け替えられ、写真1に写る現在の第20代日本橋は1911(M44)年に架設された(1999年に重要文化財に指定)。
 「道路元標」が置かれる日本橋の上に首都高速道路が建設されたのは、東京オリンピックを翌年に控えた1963年。日本橋から空が消え、歴史的な遺産も景観も台無しになり、以来、日本橋をめぐる景観論争と首都高移転論は止むことなくくすぶり続けている。
 写真2は、日本橋から直線距離にして約1.5km離れたところにある「あやめ第一公園」。地元の日本橋中洲町会が盆踊り大会を開催している
(2008年で12年目)。首都高の負の遺産を逆手にとって、高架下を有効に活用する事例の1つと言って良い。
 都心部の小河川や運河を塞ぎ、東京の景観を壊した首都高も、40有余年が経過する中で、写真3のように東京の原風景としていつのまにか定着している。
1.写真撮影者:日本大学2年 竹尾 有美子 2008年4月30日(水)13時57分 2.写真撮影者:日本大学2年 河村 雄一 2008年7月20日(日)15時14分
1.日本橋(中央区日本橋1丁目) 2.あやめ第一公園(中央区日本橋中洲)  3.写真撮影者:日本大学2年 竹尾 有美子 中央区日本橋浜町1丁目(隅田川対岸の墨田区の両国方面を望む)にて撮影

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