23.東京のワールドカップ ―圧倒的なボリュームとビッグマックな現象―

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<<ワールドカップ ―サッカーは世界を映す鏡>>
 1998年、世界中の人々を最も熱狂させたのは、間違いなくサッカーのW杯フランス大会だ。6月10日から7月12日までの約1ヶ月間に渡って32カ国による熱戦が繰り広げられ、開催国フランスが王者ブラジルを破って初優勝を手にした。今大会で特徴的だったのは、フランスやブラジル、オランダ、イングランドなどなど(我が日本も)、皮膚の色が異なる選手の混成チームが目立ったということ。同一の人種・民族や宗教や言語が「ナショナリティ」を構成し得なくなっている世界の現実を、多くの人々に強く印象づける結果となった。そればかりか、人類学者の今福龍太氏によれば、サッカーは、「世界中で起こりはじめている『民族の離散』(ディアスポラ)を体現している最前線」であるという。
 
<<壮行試合と本大会 ―Power of Blue, Power of Japan>>
 では、日本国内の、東京の、ワールドカップ現象はどうだったのか。日本は悲願の初出場を果たし、大会前から日本中がサッカー一色に染まった。(1)は、5月17日に東京・国立競技場で行われた日本対パラグアイ戦。W杯出場国同士の対戦は引き分けに終わったが、スタジアムを埋め尽くした約5万3千もの青色サポーターの大応援が圧巻だった。
 本大会に入ってからは、日本はアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカと対戦し、3連敗で予選敗退。TV中継は50-60%を越える高視聴率を記録。全国各地の大都市では大画面での観戦会が催され、ナショナルチームの試合に多くの人々が釘付けになった。
 
<<対クロアチア戦 ―コマ劇前広場にて>>
 (2)と(3)は、6月20日の対クロアチア戦の時の新宿・歌舞伎町のコマ劇場前の広場の様子を写したものである。(2)の日の丸を肩にかけているサポーターの向こう側で輝いている巨大スクリーンを見ようと、この日ここに集まったのは2万人を数えた。収容可能人数をはるかに超えている。あちこちで将棋倒しが起こり、危険な状態となった。主催者(歌舞伎町商店振興組合)が配備した警備員300名では制御できなくなって、急きょ機動隊も出動。バリケード封鎖して入場制限するが、後から後から人が駆けつけ、もみ合いや小競り合いが絶えない。初戦のアルゼンチン戦の時は5千人に過ぎず(数字は、共に朝日新聞及び毎日新聞による)、日本チームを純粋に応援するサポーターの占有度が高かった。ところが、その模様がTVや新聞などで大々的に報道されるや、クロアチア戦では一挙に2万人に。実に1万5千人も水膨れ。いかにも東京らしい現象だ。
 
<<調査の成果 ―後藤ゼミが捉えたもの>>
 この日、我が後藤ゼミでは、総勢14名でオブザベーション(観察)&インタビューを敢行。広場を埋め尽くした人々のコアは、ユニフォームを身につけた熱血サポーターだ。試合が始まるずっと前から場所を確保していたので、空間のほぼ中央を占有している。サッカーが好きで、応援の仕方も、つぼも心得ていて、全体がよく統制されていた。あちこちで暴走が起こると制止したり、無謀な行為にはブーイングしながら、日本に勝利をもたらそうと真剣に応援していた。試合終了後、破れた日本チームに大きな拍手と声援を送ったのも、残された大量のゴミを自主的に集めていたのも彼ら/彼女たちだった。
 それ以外は実に多様な人々が、周りを取り囲むように集まっており、一部中央に入り込んでもいた。まず、前方を横一列に固めた報道陣のすぐ前あたりには、TVに映りたい目立ちたいという連中(TVカメラが動き出すと、途端に大はしゃぎする)。真ん中の密集地帯に入ろうと1度は試みるが、押し合いへし合いしているうちに諦めて、大汗をかきながら外側へ出てきてしまう連中(遅れて来た者に多い)。外側から大群衆をただ単に遠巻きに眺めている連中(その場に居合わせていることに意味を見出している様だ)。スクリーンの真下で(従って画面は見られない)相向かいのサポーターと一緒に身体を動かして応援している若い女性達(踊ったり、声援を送るのが楽しそうだ)。真ん中から外へ押し出される女の子に声をかけまくっているナンパ目当ての連中(この手合いも人が集まるところには必ず出没。まるでハイエナのような嗅覚を持っている)。いろんな場面をカメラやビデオに収めている連中(カメラを構えて微動だにせず、シャッターチャンスを狙い続ける者もチラホラ)。日の丸の鉢巻きを巻いて、肩を組んで「ニッポン、ニッポン」と大きな声でがなり立てている西アジア系の人々(その輪に加わる日本人もいて、盛り上がっていた)。この他、外で大量に買ってきた缶ビーを高い値段で売っている輩とか、興奮のあまり持っていた物をあたりかまわず放り投げていた輩とか、真ん中の木のてっぺんに登ろうとしたり、枝をへし折っている輩も。
 
<<集団の構成 ―ビックマック構造>>
 全体を概観すると、中心部には日本の勝利を願って集結した純粋なサポーターが多くを占め(“聖”性すら漂っている)、周辺部へいく程サッカーのことも応援の仕方もわからない、他の諸々の目的や動機で集結した非サポーターが多くなる。集団の構成は、まるでビックマックの様だ。コアとなるハンバーグがあって、チーズやレタスやピクルスやパンがそれを取り囲んで、何層もの複雑な重層構造を成している。
 ゼミでは、合計95名の人々にインタビューも試みたが(男61名・女34名/15歳-42歳/東京都在住55名・埼玉県19名・千葉県8名・神奈川県6名・その他5名,京都2・栃木・名古屋・ドイツ/不明2名)、前回もここで観戦したのは10名にすぎず、今回初めてここに来た者が大半を占めた。どうしてここへ来たのか理由を尋ねてみると、一体感や雰囲気を味わいたい21名・盛り上がりたい18名・TVや新聞で見て11名・友達に誘われて7名・応援したい5名・新宿にたまたまいたので5名・前回が面白かったので3名。これらの結果は、上記した諸点を補強するだろう。
 
<<東京のワールドカップ ―まとめ>>
 圧倒的な人口ボリュームとビックマックな集団構成。マス・メディアによる報道が、そうしたあり方を現象させる上での火付け役となる。そんな点が東京ならではの特徴点と言えるのではなかろうか。
 
写真原作者
 日本大学2年 長崎茜
 日本大学4年 稲垣聡
 日本大学4年 唐仁原麻由

(1)1998年5月17日(日)
霞ヶ丘国立競技場にて撮影

(2)と(3)1998年6月20日(土) 午後10時頃
新宿のコマ劇場前広場にて撮影

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