日本大学文理学部社会学科学術系イベント「ソシオフェスタ」
後藤範章研究室 Online Exhibition Gallery

2022年度No.5 小田急線の地下化に伴う再開発 -線路街に見るシモキタのありよう-

新宿に本社を置く小田急電鉄の基幹路線である小田急小田原線(1927年に新宿-小田原間82.5kmが全通)は、2013年3月に代々木上原駅から梅ヶ丘駅までの間の約2.2kmを地下化した。両駅間にある東北沢・下北沢・世田谷代田の3駅は、改札口は地上にあるものの、ホームは全て地下に置かれた。地下に新たな空間が生まれたのだ。

写真①は下北沢駅構内を写したもので、一番上が改札口の他に商業店舗がひしめく地上階、その下の地下1階が暖行線の1・2番線ホーム、左手前にあるエスカレーターでさらに下に降りた地下2階が急行線の3・4番線ホームとなっている。

地上の線路が地下に潜り、地上に更地が出現してから9年。線路跡地には全長約1.7kmにわたる新しい街「下北線路街」が創り上げられ、2022年5月に全面開業した。商業施設を中心に、イベントスペース、店舗兼用住宅、宿泊施設、学生寮、保育園、テラスハウス、空き地などの計13のエリアからなり、温泉旅館やアートギャラリー、ミニシアターもある。建物はほとんどが2階建てだ。写真②は、下北沢駅南西口近くから世田谷代田駅方面を撮影した線路街の一部である。右側に真新しい建物が(左側の元からある街並みも)一直線に伸びており、新建造物と歩行者が歩いているところにかつて線路が敷かれ電車が走っていたことがわかる。写真③は、下北沢駅と世田谷代田駅の中間点にある「ボーナストラック」というエリアである。10数もの店舗に囲まれた「Park」と呼ばれる広場は飲食や休憩ができる共用スペースであり、市が立ったりイベントが開催されたりもする。「余白」を残し、人と共に「発酵」し続ける街が志向されている。

再度②の写真の、特にスカイラインに注目してみよう。写真④には、作品No.2で銀座の街並みと比較した丸の内のビル群が写っている。2027年には、これらを建てた三菱地所が、東京タワー(333m)をしのぐ高さ約390mの東京トーチ(Torch Tower)をすぐ近く(JR東京駅日本橋口前)に新設する。④もNo.2の①も写真には全体の一部しか収められていないが、丸の内の方が銀座よりも空が狭く、閉塞感や押しつぶされそうな圧迫感を強く受ける。これに②を加え、三者の都市景観をもう1度見比べてみたい。とりわけ下北沢の街が、超低層で、空がより広く見え、来街者に開放感を強く感じさせるに違いない。

下北線路街の開発にあたって、小田急電鉄は地域固有の魅力を引き出す「支援型開発=サーバント・デベロップメント」をテーマに掲げた。「“何かを変える”のではなく、開発を通じて街を“支援する”」ことが目指された。だが、東京都が小田急線の地下化を、世田谷区が下北沢駅北口に新規道路を貫通させ駅前にロータリーを建設する地区計画を、2003年に決めた段階では、小田急電鉄もシモキタを高層化する大規模再開発構想を共有していた。この動きに対して、地域住民や商店主らが「Save the 下北沢」や「下北沢商業者協議会」といった団体を立ち上げ、著名なアーティストやミュージシャン、演劇人、学者・文化人らを巻き込みながら、“歩いて楽しめる街”シモキタを守る運動を展開した。2006年には「まもれ下北!行政訴訟の会」が結成され、区を被告とする再開発事業の差し止め訴訟を東京地裁に起こし、法廷闘争も続けられた。こうした再開発阻止の反対運動に対して都や区は冷淡な態度を取り続けたが、2011年に市民派の保坂展人氏が世田谷区長に初当選し、2015年には再開発の見直しを公約に掲げて再選され、住民と行政が対話を重ねるようになっていった。2016年には、東京地裁が「下北沢の現在の低層の街並みが地区の生活と文化を育み、下北沢を個性的で魅力のある街としていることに留意し」、「街づくりの過程において、(略)区民等の意見を幅広く聴き、下北沢の良好な街並みの維持・発展について必要な対応をする」ことを区に求めた和解勧告を行い、原告、被告双方がこれを受け入れて裁判は終結した。

小田急電鉄はこの流れを受けて、地域住民と積極的に対話を積み重ね、線路跡地の再開発計画を練っていった。高層ビルを作ってハイブランド店やオフィスを入れ込む「施設型開発」から「支援型開発」に転換を図ったのである。「BE YOU.シモキタらしく。ジブンらしく。」を開発コンセプトとする「下北線路街」計画が発表されたのは、保坂区長が3選された年(2019年)の9月のことだった。

今日までの歩みは、事業主体と住民と行政との協働関係が構築され、機能するようになるプロセスでもあった。

小田急電鉄は他方で、2022年10月に営業を終了した小田急百貨店新宿店本館の跡地に高さ約260mの複合ビルを建てる再開発事業をスタートさせた。超高層のビルは、2029年竣工予定である。

写真撮影者:①③4年小島愛菜、②4年阿部裕介、④4年國村友里子
①2022年6月22日(水)17時15分 小田急線下北沢駅(東京都世田谷区北沢2-24-2)にて撮影
②2022年12月7日(水)12時30分 (tefu)lounge下北沢(世田谷区北沢2-21-22)にて撮影
③2022年6月22日(水)16時30分 bonus track(世田谷区代田2-36-12~15)にて撮影
④2022年5月25日(水)14時30分 東京駅丸の内駅前広場(東京都千代田区丸の内1-9)にて撮影