日本大学文理学部社会学科学術系イベント「ソシオフェスタ」
後藤範章研究室 Online Exhibition Gallery

第28回“写真で語る:「東京」の社会学”展 コロナ・パンデミックと東京オリンピック ―グローバリゼーションと祝賀資本主義と「東京」との相互連関―

趣旨説明とご挨拶

  1. WHOのパンデミック宣言:2020年3月

    世界保健機関(WHO)が、中国の武漢市で発生した「原因不明の非定型肺炎の集団発生」について通知されたのは、2019年12月31日のことでした。その後新型コロナウィルスによる感染症であることが突き止めらましたが、感染が瞬く間に世界中に飛び火し、WHOは1月30日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を、3月11日には新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の流行を「パンデミック(世界的大流行)」と、宣言しました。

  2. 世界と日本の感染者数・死者数の現状:2022年2月

    2022年2月現在、COVID-19パンデミックは2年近くが経過しても一向に収束/終息せず、依然として世界中で猛威を振るっています。

    アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学が集計しているデータを基にNHKが作成して「特設サイト 新型コロナウィルス」で毎日発表している「世界の感染者数・死者数」によると、2022年2月15日(火)17時時点の感染者数は4億1,348万4,834人、死者数が582万6,463人(いずれも累計)。この感染者数はアメリカ合衆国の総人口を優に超え、死者数は横浜市と川崎市の人口を足し合わせた数にほぼ匹敵します。国別に見ると、感染者数が多い順に、1位米国:感染者7,792万人・死者92万人、2位インド:4,270万人・51万人、3位ブラジル:2,755万人・64万人、4位フランス:2,118万人・13万人、5位英国:1,834万人・16万人、6位ロシア:1,410万人・33万人、7位トルコ:1,213万人・9万人、8位ドイツ:1,262万人・12万人、9位イタリア:1,213万人・15万人、10位スペイン:1,067万人・9万人と続きます(感染者が1千万人を越えるのはここまで)。日本は、398万人・2万1千人と、227の国・地域の中で感染者数が19位で、46位の韓国(146万人・7千人)や121位の中国(11万人・5千人)より上位です。東アジア・東南アジアの国々の中では、17位のインドネシアに次いで2番目に感染者の多い国となっています

  3. 日本国内の感染状況の推移:「東京」を起点とする5回の流行

    日本国内の感染状況を時系列で押さえておきましょう。

    1日ごとの感染者数、死者数、重症者数、入院者・療養者数の推移を見ると、2021年12月末までに5回の流行期(第1波~第5波)がありました。第1波は1日の感染者が全国で720人を記録した2020年4月11日(土)、第2波は同じく1,605人の2020年8月7日(金)、第3波は7,957人の2021年1月8日(金)、第4波は7,238人の2021年5月8日(土)、第5波は25,992人の2021年8月20日(金)を、それぞれピーク(山の頂き)とする流行です。死者数や重症者数、入院者・療養者数の各波のピークには若干のタイムラグがありますが、同じように5つの山ができています。後にも述べるように、現在(2022年2月15日)は第6波の最中にあり、まだまだ先の見えない状況です。

    都道府県別の感染者数が最も多いのは東京都で、2月15日23時59分時点の累計がNHKのまとめで82万8,789人、全国の累計407万577人中の約20%を占めています。東京都及び隣接3県(3位の神奈川・5位の埼玉・6位の千葉県)、すなわち東京圏(1都3県)の累計は165万7667人、対全国シェアが実に約41%にもなります。これに2位の大阪府と4位の愛知県を加えると、243万8072人、約60%となり、感染者が大都市に偏在していることが分かります。2020年国勢調査に基づく人口の対全国シェアが、東京都で11.1%、東京圏で29.3%、それに大阪府と愛知県を加えた1都1府4県で42.2%であることからすると、COVID-19は、人口量が多く、人口密度が高く、人流(モビリティ)が多い大都市(圏)で流行しやすい、と言って間違いありません。

    政府が、新型コロナウィルス対策の特別措置法(特措法)に基づく「緊急事態宣言」を発出したのは、これまでに4回ありました。1回目は、第1波の最中の2020年4月7日(火)から東京・神奈川・埼玉・千葉・大阪・兵庫・福岡の7都府県を対象として発令し(後に全国に拡大)、同年5月25日(月)に解除されました。2回目は、第3波の最中の2021年1月8日(金)から東京圏の1都3県を対象として発令し(後に11都府県まで拡大)、同年3月21日(日)に解除されました。3回目は、第4波の最中の2021年4月25日(日)から東京・大阪・兵庫・京都の4都府県を対象として発令し(後に10都道府県に拡大)、同年6月20日(日)に解除されました。4回目は、第5波の最中の2021年7月12日(月)から東京都を対象として発令し(後に19都道府県に拡大)、同年9月30日(木)に解除されました。

    ここから理解できることは、「東京」(≑東京大都市圏)を起点として全国に向けて感染が拡大していくパターンが繰り返されてきたということです。「東京」が全国的な流行の発信源になっており、この意味で日本におけるCOVID-19は「東京」との関連性が有意に高い、と言い得るでしょう。コロナ感染をめぐる社会現象は「東京」現象としての一面を有しており、後藤ゼミの“写真で語る:「東京」の社会学”プロジェクトで「コロナ・パンデミック」をメインテーマに据えて取り上げる理由もここにあるのです。

  4. 東京2020大会の世論の反対ムードを押し切っての強行開催

    1万5千人強ものトップアスリートが世界中から参集するスポーツのグローバル・メガ・イベントが、こうしたコロナ禍の下で、しかも感染状況がそれまでで最も深刻な状況となった「東京」で開催されました。オリンピックの会場となった施設は、合計43のうち81.4%にあたる35が1都3県にある施設で(東京都26+隣接3県9)、それ以外は茨城県1、静岡県3、福島県1、宮城県1、北海道2となっています。

    東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(「東京2020大会」)は、当初2020年夏に開催の予定でした。しかしながら、COVID-19パンデミックの影響により1年延期され、国内の1日の感染者数、重症者数、入院者・療養者数が最多を記録した第5波、しかも4回目の緊急事態宣言が発令されている真っ只中の2021年7月23日~8月8日(第32回オリンピック競技大会)と8月24日~9月5日(第16回パラリンピック競技大会)に、無観客での開催になったとは言え「断行」されました。日本国内のワクチン接種は他国に遅れを取り、政府のIT総合戦略室の情報発信サイトによれば大会開催前日(7/22)時点のワクチン接種率は1回目が36.9%、2回目が21.3%に過ぎませんでした(2022年2月18日現在では、1回目が80.2%、2回目が79.0%、3回目が12.6%となっています)。これは、新型ウィルスに対する免疫レベルが低水準であったことを意味します。

    こうした状況が反映されてか、開催前に実施・公表された新聞社・通信社・TV局などによる各種世論調査の結果を見ると、質問文や選択肢が違うので賛否の態度を明確に示すことは難しいものの、世論は「大半が開催に反対もしくは懐疑的」でした。例えば、3回目の緊急事態宣言下中の2021年5・6月に行われた朝日新聞と読売新聞の電話による全国世論調査では、朝日(5月15・16日調査)が「中止」43%、「再び延期」40%、「今夏に開催」14%、読売(6月4~6日に調査)が「中止」48%、「観客を入れずに開催」26%、「観客数を制限して開催」24%という結果でした。また、フランスのグローバル調査会社イプソスが7月13日に発表した28カ国で実施のオンライン調査の結果でも、東京オリンピックの開催に「反対」が57%、「賛成」が43%、国別では韓国の86%、日本の78%が「反対」でした(2021年7月14日共同通信配信及び各紙掲載記事)。

  5. オリンピックは何故強行されたのか?:キー概念としての「祝賀資本主義」

    ここから、ただちに次のような疑問が湧き上がります。東京2020大会は何故、コロナ・パンデミックの最中に世論の反対を押し切ってまで開催が強行されたのでしょう。

    理由はいくつも考えられるでしょう。コロナ禍で疲弊している経済・社会状況を好転させるため。大会を開催しなければ経済的損失がさらに大きくなるので、それを防ぐため。国民が大会に集中することで、政治や政治家に対する手厳しい批判を少しは緩和できると考えたため。日本人アスリートの大活躍によって国威を発揚し、愛国心を高めるため。菅義偉内閣に対する国民の不信感を払拭して、支持率を向上させるため。政権与党が大会後に控えている総選挙で勝利を収められるようにするため。その他、あれこれ・・・。

    東京2020大会を是が非でも開催したいと考えた関係者の間で、こうした思惑が働いたことは十分にあり得ることでしょう。ですが、私たちが特に注目するのは、アメリカの政治学者でサッカーの米国代表選手としてオリンピックに出場したこともあるジェールズ・ボイコフが概念化し主張を展開している「祝賀資本主義」理論(注)です。「祝賀資本主義(Celebration Capitalism)」は、カナダのジャーナリストであるナオミ・クラインが『ショック・ドクトリン―惨事便乗型資本主義の正体を暴く―』(岩波書店、2011年:原著2007年)で提唱した「惨事便乗型資本主義(Disaster Capitalism)」、すなわち戦争や自然災害やクーデターなどによる大惨事(危機)につけ込み、政府を動して市場原理主義/新自由主義的な経済改革(小さな政府の推進、公的セクターの民営化、福祉・医療・教育予算の縮減など)を一気呵成に進め、これによってより一層の利潤追求を推し進めようとするグローバル企業による「災害資本主義」のあり方、を導きの糸としています。つまりボイコフは、新自由主義資本(グローバル企業)による「火事場泥棒」は、「災害」に限ったことではなく「祝賀」に際しても起こっている、と捉えたのです。そして、「祝賀の祭典」の典型例がオリンピックである、ということになるわけです。

    2021年12月22日(水)、東京2020大会組織委員会は、開催経費が1兆4,530億円となる見通しと発表しました(「関連」経費まで加えれば2兆円を優に超えると言われています)。招致段階(2013年の「立候補ファイル」)で公表していた7,340億円の約2倍にも膨らみ、経費分担は組織委が6,343億円、東京都が6,248億円、国が1,939億円になるということです。

    組織委の分担金は全て「収入」で賄われますが、収入の64.1%に当たる4,067億円がスポンサー料です。スポンサーは「パートナー」と位置づけられて、4つのカテゴリーに「階層」化されています。最高位のスポンサー料を支払う第一階層がトヨタやパナソニック、VISA、コカ・コーラ、P&G、アリババ、サムスンなど14社からなる「ワールドワイドオリンピックパートナー」、第二階層が15社からなる「東京2020オリンピックゴールドパートナー」、第三階層が読売・朝日・日経・毎日の4大新聞社を含む32社からなる「東京2020オリンピックオフィシャルパートナー」、そして最低位のスポンサー料を支払う第四階層が20社からなる「東京2020オリンピックオフィシャルサポーター」です。合計81社の多くが、グローバル企業で占められます。また、東京都と国が分担する8,187億円(負債)は税金で賄われるので、「尻拭い」をさせられるのは一般の都民・国民です。

    ここから、オリンピックというメガイベントに主に税金を原資とする莫大な公的予算が湯水のように投じられ、それをグローバル企業が群がって食い尽くす(利潤追究の絶好な機会とする)という構図を読み取ることができるでしょう。利益の分配にあずかるのはスポンサー企業だけでは勿論ありません。国際オリンピック委員会(IOC)、日本オリンピック委員会(JOC)をはじめとする各国のオリンピック委員会(NOC)、JOCを含むNOCの加盟競技団体(競技スポーツ業界)、巨額の放映権料を支払う米国のTVネットワークNBCをはじめとするTV・メディア業界、広告業界、オリンピック開催の大中小様々な「おこぼれ」にあずかる関連業界、政治家や財界人、そして東京都及び国等々、膨大な数になります。

    こうした利益を分かち合う巨大で複合的な共同体の存在が、「祝賀の祭典」たるオリンピックを断行させた/止めることを許さなかった「主体(張本人)」だった。私たちはそのように捉えてみようと思います。

    (注)「祝賀資本主義」に関しては、以下の文献を参照。①ジェールズ・ボイコフ『オリンピック秘史――120年の覇権と利権』早川書房、2018年/ ②同『オリンピック 反対する側の論理――東京・パリ・ロスをつなぐ世界の反対運動』作品社、2021年/ ③小笠原博毅・山本敦久『やっぱりいらない東京オリンピック』岩波ブックレット、岩波書店、2019年/ ④本間龍「祝賀資本主義のグロテスクな象徴」『世界』2021年6月号(第945号)、岩波書店/ ⑤鵜飼哲「崩壊のスペクタル 東京オリンピック2020――惨事と化したメガイベントの行方」『世界』2021年11月号(第950号)、岩波書店、他。

  6. 第28回「東京」展:グローバリゼーションと祝賀資本主義と「東京」との相互連関

    かくして、COVID-19と東京オリンピックを関連させつつ、そこにフォーカスを定めて2021年中に観察できた「東京」現象を考察してみるというのが、第28回「東京」展の趣旨となります。そしてその際に鍵を握るのが、サブタイトルに掲げた「グローバリゼーションと祝賀資本主義と『東京』との相互連関」です。

    グローバリゼーションは、コロナ・パンデミックを発現させた背景であり、ある意味では原因でもあり、促進因でもあります。祝賀(イベント)資本主義や災害資本主義は、グローバルな資本の自己増殖運動が生み出すものです。東京オリンピックは、「東京」が磁場となってグローバリゼーションと祝賀資本主義を交差させ結晶化する中で開催されました。つまり、「グローバリゼーション」と「祝賀資本主義」と「東京」の三者は、相互に密接に連関し合っているのです。第28回展で追究したいのは、正にこの点なのです。

    私たちはこれまで、写真1点+400字程度の解説文+作品タイトルで独立した1作品を構成して、プロジェクトを開始した1994年度から毎年30点~10数点の作品を発表し続けてまいりました。その年に観察された多種多様な、1つのテーマにまとめあげることができない「東京」現象を考察の対象としたので、メインテーマを掲げることはありませんでした。2020年度(第27回展)は、コロナ禍で調査研究活動に大きな制約がかかってしまったために、こうした原則を改めて掲げたテーマ「コロナ禍の『東京』現象」に関連する5作品を(それぞれ2枚の写真とセットにして)発表しました。2021年度の第28回展も、これを踏襲して合計6点の作品によって構成することにしました。それぞれ後藤ゼミの学生が撮影した写真4点に1,600~1,700字程度の解説文を付して、作品の個別テーマ(タイトル)について掘り下げると共に、6作品全体でメインテーマに肉薄しようと試みたのです。

  7. おわりに:2021年度のゼミの状況とご挨拶

    今年度も、昨年度と同様に対面でのゼミナールはほとんど出来ませんでした。そうした中で、学生たちは個人またはチームで写真撮影し、現地で聞き取りや直接観察などの調査活動を繰り返して、データを収集・整理・加工・分析し、考察を加え、チーム(対面またはオンライン)及びゼミ全体(オンライン)で何度も何度も議論を重ね、文章を書き直し、作品を完成させました。“写真で語る:「東京」の社会学”プロジェクトは、今年は「形」にできなかった“下高井戸・桜上水物語”(ドキュメンタリー制作)プロジェクトも含め、いつもゼミの学生たちの頑張りが支えているのです。そうした学生たちの息づかいや思いを感じながら、1つ1つの作品を味わっていただければ幸いです。

    最後に、2022年1月になって日本でもオミクロン株による感染が急拡大し、約3ヶ月ぶりの大流行期(第6波)に突入しました。1月1日(土)には1日当たりの感染者が全国で534人に過ぎなかったものが、瞬く間に急増し1月15日(土)には東京都で4,561人、全国で2万5,732人、更に1カ月後の2月15日(火)には、東京都で1万5,525(最高値は2月2日(水)の2万1,576人)、全国で8万4,198人(最高値は2月5日(土)の10万5,615人)となりました。オミクロン株の特徴から重症者率・死者率は比較的低水準が保たれていますが、感染者の絶対数が第5波までと比べて桁違いに増えたため、このところ全国の死者数が過去最高を更新し続けるようになっています。今後、従来のワクチンが効かず致死性も高い感染症のパンデミックが起こることも、おそらくあり得るでしょう。

    私たちは、こうした状況をどう捉え、どう対応していったら良いのか。1人1人に突きつけられている重い問いかけです。私たちの作品を通して、地球環境と人類を含む生きとし生けるもの全ての行く末について、一緒に考えていくことできればと願っております。

2022年2月20日(日)

日本大学文理学部社会学科教授 後藤範章 2021年度ゼミ生(学年別・五十音順;◎ゼミ長・○副ゼミ長) 4年生:◎伊東澪・太田将一・岡田真穂・武田航輝・○建部宏太・三浦綾華 3年生:阿部裕介・荻野哲平・大牧美衣奈・岡田笑門・加藤唯・河西優介・國村友里子・小島愛菜・徐梓越・鈴木悠佑・関根楓斗・田端兼己・中村圭佑・松村淳平・山口航平